Sayer Says in Japanese

Monday, November 27, 2006

国際,学際,X際

A.S. 06年11月28日
僕は,「国際」(international)という言葉がきらいだ。国と国をまたいでというこの概念は,国家を前提としているからだ。同様に,「学際」(interdisciplinary)という言葉も,確固たる学問領域(discipline)を前提として,それらをまたいで,つないでという概念であるが,disciplineなど,くそくらえだ。世界という現象はひとつであり,区切りはない。人間が勝手にXX学と称しているだけだ。もっとひどいのは「省際」だ。これは,大蔵省や厚生省といった省が確固として,あたかも国家のように存在しており,それらをつなぐというような意味であり,省のことしか考えない人々にとっては自然な概念なのだろう。グローバル(global)というのはいい。地球の形状から来ている言葉だからだ。僕のメンターも,「グローバルな人間になれ」と常々僕に諭してきた。
 昨日は,国際会議のことがある会合で話題になったので,日頃の考えをちょっと思い出して書いてみた。

Friday, November 24, 2006

異星の客

A.S.6年11月25日(土)
このタイトルは、若いときに読んだハインラインの名作、"Stranger in Strange Land"の日本語訳である。もともとは旧約聖書の言葉らしい。たしか、モーゼのことだったような記憶がある。それはさておき、明日、というかもう日付が変わったので今日だが、東京大学駒場キャンパスで開催される「人種と人種主義を問う〜地域文化研究の視点から〜」というシンポジウムで、「生物学的基盤から創発する人種差別のメカニズム」という題で話す予定である。僕以外の発表者はみな人文社会系のようだ。なんか昔からそうだったような気がする。まわりはみんな文化系で自分だけが理科系だったり、あるいは理科系の中で自分だけが文化系になんとなく親和性が高かったり。マージナル・マン(境界人)という言葉もあるが、どこにいても、違和感がある感じ。まあ日本も好きじゃないし、かといって4年間いた米国が特に好きなわけでもない。地球というとこに生まれてしかたなく生きているというところか。火星人のスミス氏は地球という異星のお客さんだったが、僕は地球人だけど地球のお客さんという気がずっとしている。

Monday, November 20, 2006

本を捧げた人々

A.S. 0006年11月21日
来年1月にサイエンス社から『ゲノム進化を考えるー系統樹の数理から脳神経系の進化までー』が刊行されることになった。これは,サイエンス社が発行している月刊雑誌「数理科学」に3年近くにわたって15回連載したものをまとめたものである。本書は,故石川統先生に捧げることにした。僕は,まとまった本を出すときには知り合いだった故人のどなかたに捧げることにしている。いままでに,博士論文や訳書を含めて,以下の方々に捧げてきた。

1986: Ph.D. Dissertation (GSBS, Univ. Texas at Houston) 鎌田修さん(東京大学理学部生物学科人類学課程の1年先輩)
1990:『分子進化遺伝学』(根井先生の本を五條堀孝さんと共訳したもの,培風館) 丸山毅夫先生(進化遺伝研究部門 初代教授)
1994:博士論文(論文博士;東京大学理学部に提出) Dr. Allan Wilson (Univ. California at Berkeley)
1997:『遺伝子は35億年の夢を見る』(最初の単著,大和書房) 高村正秀師(子供時代からのメンター)
2004:『ゲノムと進化』(2冊目の単著,新曜社) 村山善三郎(岳父)
2005:『DNAから見た日本人』(3冊目の単著,ちくま新書) 伊藤昭三先生(高校3年時の担任)
2007:『ゲノム進化を考える』(4冊目の単著,数理科学別冊,サイエンス社) 石川統先生(シリーズ進化学編集代表など)

Thursday, November 16, 2006

大阪大学蛋白質研究所セミナー

06年11月17日(金)
投稿の日付がなぜか日本時間を使っておらず、ずれているので、これからは日付を入れることにした。昨日から、大阪に来ている。大阪大学蛋白質研究所のセミナー「こころ、高次脳機能、疾病と遺伝子」に参加している。僕はこの分野のことは研究していないのだが、おそらくゲノムのことをなにか話してほしいという企画者の意向があって呼ばれたのだろう。「ヒトゲノムの進化的階層構造」という題で話をした。今日の講演が始まるので、そろそろホテルを出なければならない。

Tuesday, November 14, 2006

高校の社会科の授業

日本のあちこちの高校で社会科のうち世界史を履修していない生徒が続出している問題で、自身の高校時代を思い出していた。僕は1970年代前半に高校生活を送ったのだが、高校1年時は、地理を学んだ。教頭先生が僕らのクラスの担当だった。大部分の生徒は興味がなく寝ている生徒もいたが、僕は子供のころから地理が好きだったので、前のほうで先生の話を楽しく聞いていた。株式会社(KK;スラウェシ島とハルマヘラ島の形がどちらもアルファベットのKに似ていることから)や「メセタのメリノ」(スペインの羊産業)など、いろいろな言い回しで世界の地理を勉強した。2年生になったら、世界史がはじまった。地理よりもこっちのほうがもっとおもしろい。小学6年生のときに、新聞の全面広告に出ていたクロマニヨン人の姿がとても気に入って、第1巻「人類の誕生」からはじまる世界史シリーズ(たしか河出書房だった?)を父親にせがんで全巻買ってもらった。中学時代は少しむずかしかったが、全部読んだ。高校時代になって世界史の授業がはじまったのでこれらを読み直したら、今度はすらすらわかる。授業内容よりも高度なので、授業はどちらかというと簡単だった。高校2年生のときには、倫理社会もあった。先生がひどいもので、自虐的といおうか、「内職をしてもいいからね」と言うのだ。たしかにつまらない内容だったが、それでも、トマス・アクイナスなどの名前を知ることになった。後年、彼がフランスのツールーズに眠っていることを知ったとき、名前を知っててよかったと思った。まだあまり詳しく彼の業績にふれたことがないのだが。高校3年になると、理科系のクラスだったので、世界史を続けるか、日本史に切り替えるかという選択があった。僕は小さな日本列島の中でちまちました日本史よりも世界全体でくりひろげられる世界史が圧倒的に好きだったので、世界史を続けたが、こりごりの連中は日本史に移った。クラスの半分以上は逃げたようだ。でも彼らは世界史を中世ごろまで高校2年でやってそれっきりなのである。変なの。当時から世界史は受験校に嫌われていたのだろうか?で、世界史を続けて履修した僕らは、日本史は簡易版の教科書で学んだのである。これらのほかに、さらに政治経済のクラスがあった。担当の斎藤先生(たまたま苗字が一致していただけ)が、なぜか僕を気に入ってしまい、副読本の一節を教壇に立ってよまされたりした。世界史は古ければ古いほうが好きな僕は、後半の近代から現代にかけての話は今ひとつかったるかった。結局それが大学で人類の誕生もあつかう人類学に進むベクトルになっていったのだろう。

Tuesday, November 07, 2006

マテ茶とびんろう

今朝,南米からの土産としてもらったマテ茶を飲んだら,なんとなくからだがほてって,しかもだるくなった。いい感じだが,夕方までほてりが続いている。台湾などでびんろうを噛んだ時にも,からだがだるくなって,いい感じだった。あれと少し似ている。カヴァもそんな感じなのだろうか。とにかく,アルコールとはぜんぜん違う。鎮静効果があるような気がする。びんろうは,最初フィリピンのネグリトの村で体験し,苦かったので顔をしかめてペッとはいたら,村人に大笑いされた。カルカッタにずいぶん前に行ったときにも少しためした。あとはもっぱら台湾である。白肉びんろうのおいしかったこと!マテ茶は,10年ほど前に,粉末マテ茶を日本に輸入したがぜんぜん売れなくて,その売れ残りがなぜか手に入り,インスタントマテ茶として僕は愛用していたのである。でも今回は本物(アルゼンチン製とか)。マテ茶にこりそうな予感。

Monday, November 06, 2006

日本人類学会高知大会ロボットフォーラム

11月3日〜5日に,高知工科大学にて日本人類学会第60回大会が開催された。私は実行委員の一人として参加した。私が司会をした初日のロボットフォーラムでは,なまのASIMOを見ることができた。走ることができるとは聞いていたが,まさか旋回しながら走るとは!まさに人類文明の新しい転換点に私達がいることを実感した。床反力変化のヒトとロボットの比較もおもしろかった。床反力計測は,学部の実習でやったことがあり,なつかしい。