Sayer Says in Japanese

Saturday, June 05, 2010

J. D. Salinger 死す

10年6月5日(土)

 すっかり旧聞に属してしまいましたが、米国の作家 J. D. Salingerが今年の1月27日に死去しました。91才でした。私は大学1年生の時に彼の作品、『ライ麦畑でつかまえて』を知りました。この作品はたしか野崎孝訳の白水社から出ていた単行本を買って読んだのですが、その後当時下宿していた世田谷区上野毛の近くの区立図書館で荒地出版社のサリンジャー選集4巻本を見つけたときには、こおどりして喜んだという感じです。図書館にはいちおう勉強に来ていたので、少し勉強したら、選集の中の短編をひとつ読む、という感じで、あっという間にほぼ全部に目を通してしまいました。「やさしい軍曹」を何回読み直したことか。また、「最後の休暇の最後の日」も、当時の若い私にとっては、身につまされるシーンもあり、くりかえしくりかえし読みました。サリンジャーというと、もちろん「九つの物語」も「フラニー・ゾーイー」も「大工よ、屋根の梁を高くあげよ」も素敵ですが、現在ではあまり知られていないこれらの短編もまたすばらしいのです。彼の初期の作品「わかものたち」の、あのドライな感じもいいのです。
 荒地出版社のサリンジャー選集は、さきほどアマゾンで調べたところ、中古品しかリストされなかったので、残念ながら絶版になっているようですが、図書館などでは見つかると思います。サリンジャーに興味を持った方はどうぞ読んでみてください。

斎藤成也

熊谷守一美術館に行きました

10年6月5日(土)
 今日の午前中、池袋駅に近い要駅の界わいにある熊谷守一美術館で開催されている美術館の25周年展を見学に行きました。豊島区立ではありますが、熊谷守一の次女、熊谷榧さんが自宅の敷地に設立したものです。熊谷榧さんと私の義理の母親が日本女子大時代の同級生で、それ以来つきあいが続いていて、今回この展覧会の会場係に、日本画を専攻している私の長女、のはらに声がかかったので、長女に逢いがてら、見に行ったのでした。
 要駅を出て広い道に沿ってのんびり歩き、小学校の横のなにやら細い道を曲がってしばらくゆくと、美術館に着きました。手元に目録があるのでわかるのですが、すばらしい作品が並ぶ中、私がもっとも心を打たれたのは「仏前」と題された絵でした。卵が3個、丸いようなお盆に入れてあって、というシンプルな絵なのですが、なぜか不思議な感覚になります。1948年という制作年からみて、長女萬の死に関しての作品でしょう。「ヤキバノカエリ」はもっと直截的ですが、こちらは1948年に制作をはじめて、1956年までかかっています。今回出展されている作品のなかで、唯一複数年かかって描かれたものです。おそらく深い思い入れがあったのでしょう。
 1階に関連書籍が売られていて、そのなかの自伝とおぼしき『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)を買って、さきほど読み終わりました。聞き語りの感じがよく、もちろん内容が深く、おもしろく、また末尾の谷川徹三さんと赤瀬川原平さんの文章もよかったです。
 たまたま、同じく平凡社ライブラリーに入っているダーウィン著『ミミズと土』が今机の上に熊谷守一さんの本と並んであるのも、偶然とは言え、おもしろい取り合わせでした。
 熊谷守一が青木繁と東京美術学校で同級生だったとは知りませんでした。昨年DNA多型学会で久留米に行った時に、学会にゆくのをさぼって(実行委員長ほかの皆様、すみません!)石橋美術館に足を伸ばし、若いころから大好きだった青木繁の作品を見にいった私としては、ふたりの関係を知っておもしろいなあと思いました。

斎藤成也