熊谷守一美術館に行きました
10年6月5日(土)
今日の午前中、池袋駅に近い要駅の界わいにある熊谷守一美術館で開催されている美術館の25周年展を見学に行きました。豊島区立ではありますが、熊谷守一の次女、熊谷榧さんが自宅の敷地に設立したものです。熊谷榧さんと私の義理の母親が日本女子大時代の同級生で、それ以来つきあいが続いていて、今回この展覧会の会場係に、日本画を専攻している私の長女、のはらに声がかかったので、長女に逢いがてら、見に行ったのでした。
要駅を出て広い道に沿ってのんびり歩き、小学校の横のなにやら細い道を曲がってしばらくゆくと、美術館に着きました。手元に目録があるのでわかるのですが、すばらしい作品が並ぶ中、私がもっとも心を打たれたのは「仏前」と題された絵でした。卵が3個、丸いようなお盆に入れてあって、というシンプルな絵なのですが、なぜか不思議な感覚になります。1948年という制作年からみて、長女萬の死に関しての作品でしょう。「ヤキバノカエリ」はもっと直截的ですが、こちらは1948年に制作をはじめて、1956年までかかっています。今回出展されている作品のなかで、唯一複数年かかって描かれたものです。おそらく深い思い入れがあったのでしょう。
1階に関連書籍が売られていて、そのなかの自伝とおぼしき『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)を買って、さきほど読み終わりました。聞き語りの感じがよく、もちろん内容が深く、おもしろく、また末尾の谷川徹三さんと赤瀬川原平さんの文章もよかったです。
たまたま、同じく平凡社ライブラリーに入っているダーウィン著『ミミズと土』が今机の上に熊谷守一さんの本と並んであるのも、偶然とは言え、おもしろい取り合わせでした。
熊谷守一が青木繁と東京美術学校で同級生だったとは知りませんでした。昨年DNA多型学会で久留米に行った時に、学会にゆくのをさぼって(実行委員長ほかの皆様、すみません!)石橋美術館に足を伸ばし、若いころから大好きだった青木繁の作品を見にいった私としては、ふたりの関係を知っておもしろいなあと思いました。
斎藤成也
今日の午前中、池袋駅に近い要駅の界わいにある熊谷守一美術館で開催されている美術館の25周年展を見学に行きました。豊島区立ではありますが、熊谷守一の次女、熊谷榧さんが自宅の敷地に設立したものです。熊谷榧さんと私の義理の母親が日本女子大時代の同級生で、それ以来つきあいが続いていて、今回この展覧会の会場係に、日本画を専攻している私の長女、のはらに声がかかったので、長女に逢いがてら、見に行ったのでした。
要駅を出て広い道に沿ってのんびり歩き、小学校の横のなにやら細い道を曲がってしばらくゆくと、美術館に着きました。手元に目録があるのでわかるのですが、すばらしい作品が並ぶ中、私がもっとも心を打たれたのは「仏前」と題された絵でした。卵が3個、丸いようなお盆に入れてあって、というシンプルな絵なのですが、なぜか不思議な感覚になります。1948年という制作年からみて、長女萬の死に関しての作品でしょう。「ヤキバノカエリ」はもっと直截的ですが、こちらは1948年に制作をはじめて、1956年までかかっています。今回出展されている作品のなかで、唯一複数年かかって描かれたものです。おそらく深い思い入れがあったのでしょう。
1階に関連書籍が売られていて、そのなかの自伝とおぼしき『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)を買って、さきほど読み終わりました。聞き語りの感じがよく、もちろん内容が深く、おもしろく、また末尾の谷川徹三さんと赤瀬川原平さんの文章もよかったです。
たまたま、同じく平凡社ライブラリーに入っているダーウィン著『ミミズと土』が今机の上に熊谷守一さんの本と並んであるのも、偶然とは言え、おもしろい取り合わせでした。
熊谷守一が青木繁と東京美術学校で同級生だったとは知りませんでした。昨年DNA多型学会で久留米に行った時に、学会にゆくのをさぼって(実行委員長ほかの皆様、すみません!)石橋美術館に足を伸ばし、若いころから大好きだった青木繁の作品を見にいった私としては、ふたりの関係を知っておもしろいなあと思いました。
斎藤成也


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