脱出
科学紀元11年5月17日(火)
ちょうど2ヶ月ほど前の3月18日。私は心理的には行きたくないなという感情があったが、新しい情報が聞けるかもしれないと思い、日本学術会議の緊急集会「今、われわれにできることは何か?」を聞きに行った。結局混沌とした状況なのだということを再確認したにとどまった。しかし、米国とフランスの原子力関係機関が、福島第一原子力発電所の状況は、危機的な状態まで48時間しかないという推定を出したというニュースを、当日日本のマスコミではなく、韓国のマスコミが出したということを知人から教えていただいた。そこでなんとか渋る長女を説き伏せて、次女と義母も含めて、私達4名は東京を脱出した。皆で静岡県に2泊しているあいだに、あの伝説的な東京消防庁のハイパーレスキュー隊が原発に大量の水をそそぎはじめ、ようやく事態は再度の爆発という危機を脱して、今日に至っている。当時、私達の行動を笑った人もいたようだが、ここにきて地震の当日すでに核燃料がメルトダウンしていたという東京電力の発表を聞き、自分の判断は正しかったと思っている。
ちょうど2ヶ月ほど前の3月18日。私は心理的には行きたくないなという感情があったが、新しい情報が聞けるかもしれないと思い、日本学術会議の緊急集会「今、われわれにできることは何か?」を聞きに行った。結局混沌とした状況なのだということを再確認したにとどまった。しかし、米国とフランスの原子力関係機関が、福島第一原子力発電所の状況は、危機的な状態まで48時間しかないという推定を出したというニュースを、当日日本のマスコミではなく、韓国のマスコミが出したということを知人から教えていただいた。そこでなんとか渋る長女を説き伏せて、次女と義母も含めて、私達4名は東京を脱出した。皆で静岡県に2泊しているあいだに、あの伝説的な東京消防庁のハイパーレスキュー隊が原発に大量の水をそそぎはじめ、ようやく事態は再度の爆発という危機を脱して、今日に至っている。当時、私達の行動を笑った人もいたようだが、ここにきて地震の当日すでに核燃料がメルトダウンしていたという東京電力の発表を聞き、自分の判断は正しかったと思っている。


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