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Thursday, May 14, 2009

特殊だった日本の地質学の戦後史を知りました

科学紀元9年5月14日(木)

昨日,『プレートテクトニクスの拒絶と受容』(泊次郎著,東京大学出版会,2008年)を買って,歴史的な論争のところを中心に目を通しました。たしか学部学生時代(1970年代後半)に,理学部の地質かどこかの知り合いの学生が,日本ではプレートテクトニクス理論の普及が遅れているといってこぼしていたことを,なんとなく思い出します。生物学畑の人間にとっては,地質学と地球物理学はほとんど同じような分野に見えてしまっていたので,高校卒業時に見た映画「日本沈没」に登場した竹内均さん(当時東大理学部教授)がおそらくプレートテクトニクス理論を説明していたから,もちろん日本の地質学(実際には地球物理学だけだったようだ)全体で受け入れられていたとばかり思っていた。
 地団研というグループについても,なんにも知らなかった。もっとも,その中心人物だったという井尻正二さんの著書は何冊か買って読んだ記憶がある。岩波新書の『化石』など。彼の晩年には,たしか築地書館から何冊か人類学とも関係のある,一般向けの本が出ていて,それも買った記憶がある。
 でも,だからだろうか。数年前に,地球の歴史に関するある翻訳書『さまよえる大陸と海の系譜』について,知り合いの古生物学研究者に評価を求めたら,なぜか逃げられてしまった。築地書館が井尻正二さんを通して地団研と深く関わり合っていたからだろうか。
 生物学にもルイセンコ論争があり,日本の研究者のなかにも,この誤った説に心酔した人が一時いたらしいが,地質学でも,日本独自の誤った説が登場して一時期の学界を支配していたとは,いまさらながら,びっくり。

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